クスコとは?知っておくべきクスコの歴史

ペルー旅行をするなら外せない街の一つが
世界遺産にも登録されているクスコです。
ここでクスコの歴史と概要について少し
勉強しておきましょう。

 

インカ帝国とクスコ(cusco)の街

11世紀~12世紀ごろ、
インカ帝国の首都として栄えた街クスコ。
クスコはケチュア語でヘソを意味します。
その名の通りインカ帝国にとって「中心部」
「要」としてクスコは存在していました。

クスコからインカ帝国の各地域へはインカ道
と呼ばれる道が設けられていました。
各地の情報伝達はチャスキという飛脚によって
行われ、あらゆる情報をクスコへと伝達していました。

インカの時代クスコの人々が進行していたのは
勿論太陽神です。街には黄金で埋め尽くされた
太陽の神殿コリカンチャや太陽の処女の館も
存在していました。

こんなインカの伝説があります。
太陽神は、その息子を地上に遣わしました。
息子がチチカカ湖の島に降り立つと、父である
太陽神から与えられた金の杖を投げたといいます。
そして、その杖がさした場所こそクスコだったのです。
上記の情報を知るだけでも、
太陽と黄金にあふれる街クスコがどんなに
華やかで活気のある賑やかな街であったかは
想像できるかと思います。

クスコとスペインの侵略

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ですが栄枯盛衰はどの国や街にも起こります。
16世紀後半にはスペイン人の侵略にやられ
街の建造物は破壊されてしまいました。
その際にはもともとのクスコの様式は崩れ
スペインのコロニアル建築の街へと変化を
余儀なくされたのです。

しかし、クスコの人々が作り上げた
恐ろしいほど精巧な石垣の壁や石畳の道
は今もなお健在しています。

クスコ 石垣

スペイン人からの征服は当時のクスコの人々に
とって決して喜ぶべきものではなく、太陽神を
崇め奉るための神殿(コリカンチャ)は完全に破壊され、
あらゆるものを奪われ、本当に悲しく残酷な悲劇の
歴史でありました。

世界遺産としてのクスコ(cusco)

cusco

しかし時は流れ、インカ時代の素晴らしく精巧な石組みと
その上に広がるスペイン風の異国情緒漂う建築が
作りだす独特の美しい街並みは世界中で評価されており、
クスコの街は1983年12月9日に世界遺産に登録されました。

侵略と破壊の歴史があった事実は消して消えはしませんが、
スペインとインカの文化が華やかに融合したことにより
新しい美が生まれたことも確かなのです。

クスコと観光

クスコ 世界遺産

どこか憂いの残る美しいクスコの街は
ペルーの観光スポットとして世界中から観光客が訪れる
非常に人気が高い場所です。

クスコの人気な観光スポットとしては
アルマス広場
カテドラル、
サント・ドミンゴ教会
サン・クリストバル教会
マラスの塩田
美術博物館
等々沢山ありますので、
このブログでそれぞれ詳しく記事にまとめて
行きたいと思います。

また、以前ペルーのビール特集にあったクスケーニャ
は名前からおわかりの方もいらっしゃるでしょうが、
このクスコの地ビールです。

クスケーニャを飲みながら、ゆっくり古都の街を散策
するのも素敵なひとときになりそうです。

また、クスコの街自体が高地であり酸素が薄い上に
坂も多いですので、急いであちこち移動しすぎない
方が高山病を予防できてるので良いです。
意外にクスコの繁華街はそんなに範囲が広くないですし、
焦らずゆっくり歩いてのんびり観光しましょう。


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