インカ帝国の血管「インカ道」その驚くべき規模と機能

以前クスコの街の歴史を紹介する中にも少し出て来た
「インカ道」はインカ帝国を支える重要な役割を果たしていました。
インカ道は全ての道を総合するとその距離全部で四万キロメートル
にも達すると言われています。

中国の万里の長城にも手が届くほどの想延長距離にして
この壮大なスケールのインカ道について少し知識を深めて
おきたいと思います!

 

インカ道(inca roads)の概要

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インカ帝国では至る所にインカ道という名の
道路網が張り巡らされていました。
南北にひかれた主要幹線道路は2つあり、
その中の1つは海岸部を、もうひとつは
山岳地帯にのびていました。

中枢となるこの2つの主要道路には
東西にかけて伸びる大きな道路や、各箇所の
村々を繋ぐ小さな道路等完璧に用意されていました。

そして冒頭で述べたとおり、その距離は
およそ40.000kmにもなるというのです。
道はできるかぎり直線で作られており、
それぞれの地点へ最短で行ける様に工夫されていました。
また、道にはある一定の距離ごとに道標が設置され
完璧なまでに清掃と整備が行き届いていました。

 

インカ道に設置された「タンボ」

道の側には旅の人が困らないようタンボと呼ばれる
宿泊所が設置されていました。このタンボは
旅人が休むためだけではなく、様々な物資の貯蔵
保管場としても機能していました。
タンボによって旅人は体の疲れを癒し、その物資は滞りなく
保管管理され流通してゆく仕組みは非常に合理的です。

 

インカ道と飛脚「チャスキ」

インカ道

インカ道から運ばれてくるものは物資だけではありません。
いつの時代も物資と同じぐらい大切なもの、それは情報です。

私達が生きる現代には、電話もあればネットもあるため
情報伝達にさほど苦労を感じませんし、緊急の要件も
必要な内容も一瞬で相手に伝えることが可能です。

さて、ではインカの人々はどうやって少しでも早く
情報伝達をはかったでしょうか?

当時、インカ道に沿って約3kmごとに、俊足の
チャスキと呼ばれる飛脚が配置されていました。
彼らは脅威の速さで走りリレーの形式で
それぞれの地点へ情報を運んでいた

と考えられています。
時には急な崖の上に引かれたような危険な道もありましたが、
彼らは情報伝達という重要な使命のため一生懸命に走りぬき
職務を全うしていたといいます。

 

帝国を支える要素と力

物資と情報の収集そして伝達はどの国の
どの時代の帝国にとっても、欠くことはできない
重要な要素であり、国を統治する力と戦闘力
に大きく影響してきます。
例に漏れずインカの人々もその徹底的に
管理配置された道路網を守っていました。

 

まとめ

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インカ道はまさにインカ帝国の血管です。
クスコの街を心臓に末端のあらゆる村から
情報を集めたり流したりしていました。
このどこか一部でも流れが滞れば、それは
国にとって大きな損害になるやもしれません。
驚異的な規模のインカ道ですが、余計な草1本小石
ひとつ見逃さず掃除されていたときいたとき、
インカの人々のストイックさや管理能力の高さ
を強く感じました。私達も仕事においてその
完璧を求める姿勢を見習いたいですね。


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